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2025.06.16

「数字は組織の共通言語」の考察~企業価値経営の実践における今後の研究課題~

代表取締役社長 プリンシパル(経営戦略スペシャリスト) 藤本茂夫

近年、数字に対する関心が高まっている。インソースグループにおいても、従来の財務三表の基本理解に加え、意思決定会計(経済性分析)、ROIC経営、中期経営計画策定等、数字に関連する研修やコンサルティング、講演会のお問い合わせを頂く機会が増えている。そこで本稿では企業価値を取り上げて、「数字は組織の共通言語」について考察してみたい。

この「数字は組織の共通言語」。これはインソースの季刊誌「ENERGY Vol.5」(2021年春号)のテーマである。私は同誌に寄せた巻頭コラムで、数字を組織の共通言語とすることの効果として、本当の姿が見える、意思決定の質が向上する、改善につながる、の3点を挙げた。さらに運用にあたってのポイントを、数字は売上などの財務数字に限らず組織活動全般にわたるものであること、数字を全員で共有すること、数字を行動に結びつけることとした。

上場企業において中長期的な企業価値向上を規範とした経営(以下、企業価値経営)への関心が高まる契機となったのは、➀資本効率と企業価値の向上が日本の国富の維持・形成の鍵とした、いわゆる「伊藤レポート」(経済産業省、2014年)、➁企業の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上を図ることに主眼を置いた「コーポレートガバナンス・コード」(東京証券取引所、2015年適用開始、2018年および2021年改訂)といえよう。これらは上場企業をめぐる動きであるが、非上場企業にとっても、持続的な競争優位性の確立や人材の確保や定着、資金調達力の強化等で中長期的な企業価値向上は重要な経営課題である。

このように企業価値経営の重要性、あるいは上記の動きにもかかわらず、東京証券取引所より2023年3月、「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の要請が出され、2024年11月に公表された「投資家の目線とギャップのある事例」では、取り組みや開示が形式的なものに留まっているとの指摘がなされたように、企業価値経営は損益計算書による経営管理(PL管理)に比べ定着しているとは言い難い。これはPL管理と比べ企業価値経営への取り組みは始まって日が浅いことが一因でもあるが、根本的な問題は運用の難しさにあるといえる。

企業価値の源泉は収益力と成長だが、収益力指標である資本利益率(ROIC、ROE)がプラスであっても資本コスト(WACC、株主資本コスト)を下回った状況では、成長はむしろ企業価値を毀損する。また企業(会社)とは法的概念であり、実態は具体的な事業の束である。したがって、企業価値経営の実際は、事業ごとの価値(事業価値)の測定と向上、および事業ポートフォリオの最適化にある。ここから企業価値経営は、事業ごとの資本利益率と資本コストの算出、ひいては事業別の損益計算書(PL)および貸借対照表(BS)の作成が出発点となることがわかる。

事業別PLはPL管理において作成、運用している企業も多いであろう。問題は事業別BSである。例えば、複数事業で共用している固定資産、全社で計上している現預金や有利子負債、資本金をどのように各事業へ按分するのか。また、集計単位である事業の定義も問題になる。事業別PLと同じ単位で事業別BSを作成する考え方もあるが、BSが細かくなりすぎることがある。PLとBSでの最適粒度の違いである。そして時間軸。PL管理は一般的に月次で行うが、BS管理を同様に月次で行うことの妥当性である。このようなことで、企業価値経営の最初の段階である事業別BS作成、およびその運用でつまづくのである。

これらから、企業価値経営の実践にあたって考慮すべき点が見えてくる。
第一に納得性。複数事業に関わるPLやBS項目は売上高等、何らかの基準で事業へ配賦を行うが、適当な配賦基準がない場合、往々にして「とりあえず売上高比」とすることが少なくない。そうなると配賦基準、そこから導き出される配賦額、そして運用制度そのものに対して事業関係者から納得が得られない。
次に実用性。納得性を高めようとして、配賦基準等で精緻な方法を定めたとしても、その運用に相当の手間がかかるようでは実務には耐えられず、画餅に帰すことになりかねない。
そして管理可能性。管理可能性とは当該事業の担当部門が自らの責任と権限によって差配できることである。管理できない項目を配賦されたところで、現場では手の打ちようがなく、単なる数字ゲームになってしまう。

以上より、企業価値経営の実践にあたって重要なことは、理論的厳密性に捉われるのではなく、実務的有用性に重きを置くことといえよう。そのうえで具体的な運用方法を定めていくのであるが、この点については今後の課題として、実務家や研究者の方々と議論を重ね、実践的な解を見出していきたい。