前回のコラムでは、現代組織において、KPIやスコア、ランキング、開示指標といった「数値を用いた管理」が広く浸透していることを確認した。数値は、組織の状態を可視化し、課題を共有し、改善に向けた行動を促すうえで重要な役割を果たす。しかし同時に、数値だけで組織を動かそうとすると、「何のためにその数値を追うのか」という事業や業務を遂行する上での目的が不可視化されてしまう。それにより、数値目標を達成すること自体が目的化し、本来目指していた目的の実現が後景に退いてしまうこともある。
そこで近年注目されているのが、パーパスである。パーパスは、しばしば「企業の存在意義」と訳される。経営学において、パーパスは、企業が株主利益の追求を超えて、社会やステークホルダーに対してどのような価値を生み出すのかを問う概念として議論されてきた(George et al., 2023)。本コラムでは、経営学におけるパーパス研究の動向を整理し、その特徴を概説する。
まず確認しておきたいのは、パーパスと経営理念の違いである。日本企業では、古くから会社の理念を表すものとして、経営理念、企業理念、社是、社訓といった言葉が用いられてきた。これらは、創業者や経営者の信念、企業として大切にする価値観、組織の基本方針を示すものである。したがって、経営理念は、企業の考え方を包括的に表す広い概念だといえる。
これに対して、パーパスは、従来の経営理念の延長線上に位置づけられつつも、その特徴は、企業内部にとどまらず、社会全体から見た企業の存在意義を含む点にある。つまり,経営理念が「わが社は何を大切にするか」を広く示すものだとすれば、パーパスは「わが社の存在は、社会にどのような意味をもつのか」を意味する概念だといえる。
では、パーパスは、ミッション、ビジョン、バリューとはどのように異なるのか。厳密な定義は論者によって異なるが、経営学の議論を踏まえると、次のように整理できる。まず、ミッションは、「自社が何をなすべきか」を示すものである(Pearce and David, 1987)。次に、ビジョンは、「将来、どのような姿を目指すのか」を示すものである(Collins and Porras, 1996)。そして、バリューは、「日々の判断や行動において、何を大切にするのか」を示すものである(Bourne and Jenkins, 2013)。
これに対して、パーパスは、ミッション、ビジョン、バリューの土台となる概念であり、なぜその事業を行うのか、なぜその未来像を目指すのか、なぜその価値観を大切にするのかを示す。近年のレビュー研究においても、パーパスは、企業のアイデンティティや長期的方向性を基礎づけ、ミッションやビジョンを正当化し、意味づける概念として整理されている(Tafuro et al., 2024)。
経営学におけるパーパス研究は、大きく三つの視点から整理できる。第一は、コーポレート・ガバナンスの視点に基づく研究である。代表的な論者であるコリン・メイヤーは、企業の目的を株主利益の最大化に限定するのではなく、社会や自然環境の繁栄に貢献するものとして捉え直し、企業はパーパスを定款に記載すべきだと論じている(Mayer, 2018)。ただし、仮にパーパスを定款に記載したとしても、それだけで現場の行動が変わるわけではない。
第二は、リーダーやトップマネジメントの視点である。Carton(2018)は、NASAを対象とした研究において、リーダーが組織の大きな目的と社員の日々の仕事をどのように結びつけたのかを分析している。この研究は、抽象的な目的が、具体的な仕事の意味づけを変えることを示している。しかし、リーダーが目的を語り、社員を鼓舞するという構図だけでは、従来のミッション、ビジョン、バリュー研究との違いが見えにくくなる。
第三は、個人の実践に基づく視点である。近年の研究では、パーパスをトップが掲げた言葉としてではなく、従業員個々人が日々の仕事のなかで実践するものとして捉える必要性が指摘されている(Durand, 2023)。実際、Gartenberg et al.(2019)は、パーパスが企業業績と結びつくためには、高尚な理念を掲げるだけでは不十分であり、社員が組織のパーパスに自分ごと化し、それを日々の仕事に落とし込むことの重要性を感じていることが必要であるとしている。
この第三の視点は、実務的にも重要である。なぜなら、パーパスは、従業員がそれを自分ごと化し、日々の仕事のなかで意味づけてはじめて機能するからである。次回のコラムでは、この個人の実践としてのパーパスに注目し、近年、日本企業でも導入が進む「マイパーパス制度」の事例をもとに、パーパスが社員の日々の仕事や自己理解にどのように結びついていくのかを考える。
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2026年7月8日
【連載】パーパス経営が組織を動かす
第2回:経営学におけるパーパス研究の動向
参考文献
Bourne, H., & Jenkins, M. (2013). Organizational values: A dynamic perspective. Organization Studies, 34(4), pp. 495–514.
Carton, A. M. (2018). “I’m not mopping the floors, I’m putting a man on the moon”: How NASA leaders enhanced the meaningfulness of work by changing the meaning of work. Administrative Science Quarterly, 63(2), pp. 323–369.
Collins, J. C., & Porras, J. I. (1996). Building your company’s vision. Harvard Business Review, 74(5), pp. 65–77.
Durand, R. (2023). From the boardroom: Making purpose research relevant for practice. Strategy Science, 8(2), pp. 149-158.
George, G., Haas, M. R., McGahan, A. M., Schillebeeckx, S. J. D., & Tracey, P. (2023). Purpose in the for-profit firm: A review and framework for management research. Journal of Management, 49(6), pp. 1841–1869.
Mayer, C. (2018). Prosperity: Better Business Makes the Greater Good. Oxford University Press.
Pearce, J. A., II, & David, F. (1987). Corporate mission statements: The bottom line. Academy of Management Executive, 1(2), pp. 109–115.
Tafuro, M., & Piccaluga, A. (2026). Bridging the understanding of corporate purpose with its effectiveness: A systematic literature review and research directions. Journal of Management & Organization, 32(2), pp. 356–389.
本連載では、近畿大学経営学部経営学科 特任講師で、インソース総合研究所 客員主任研究員も務める米田 晃がパーパス経営の有効性や実践上の意義について、わかりやすく解説します。
・第1回:数値化だけでは組織はうまくまわらない—パーパス経営の実践的意義
・第2回(本ページ):経営学におけるパーパス研究の動向
・第3回:9月上旬掲載予定
・第4回:11月上旬掲載予定