研究員コラム

2026年9月8日

【連載】パーパス経営が組織を動かす
第3回:社員の「自分ごと化」を生み出すマイパーパスの実践事例

近畿大学経営学部経営学科 特任講師
インソース総合研究所 客員主任研究員
米田 晃

 前回のコラムでは、経営学におけるパーパス研究の動向を確認した。そこでは、パーパスを企業が掲げる言葉としてだけでなく、社員一人ひとりが日々の仕事のなかで意味づけ、実践するものとして捉える研究が近年注目されていることを紹介した。今回は、この「個人の実践としてのパーパス」に注目し、日本企業における「マイパーパス」の取り組みを見ていきたい。
 企業が「私たちは何のために存在するのか」というパーパスを掲げたとしても、社員がその言葉を知っているだけでは、必ずしも日々の仕事が変わるわけではない。重要なのは、企業のパーパスと、一人ひとりが仕事のなかで大切にしていることとの接点をどのようにつくるかである。
 そこで近年、日本企業でも導入されているのが、「マイパーパス」と呼ばれる取り組みである。マイパーパスとは、「自分は何を大切にして働いているのか」、「仕事を通じて誰に、どのような価値を届けたいのか」といったことを振り返り、自分自身の言葉で仕事の意味を表現したものである。
 本コラムでは、商工中金と味の素によるマイパーパスの取り組みについて紹介する。商工中金では、社員がパーパスの策定にも関わりながら、自らの仕事や経験を振り返る活動や対話が進められてきた。味の素でも、社員一人ひとりが自らの志を言語化し、会社の目指す方向と日々の仕事とのつながりを考える機会が設けられている。業種も経緯も異なる両社であるが、共通しているのは、会社のパーパスをそのまま社員に受け入れさせるのではなく、社員自身の経験を起点として、会社のパーパスとの接点を考えようとしている点である。

商工中金――組織を立て直すために「何のために働くのか」を問い直す

 商工中金では、2017年の不祥事を契機に、業務プロセスや制度を見直すだけでなく、「そもそも自分たちは何のために存在するのか」、「お客さまや社会に対してどのような価値を提供するのか」というところから、組織のあり方を見つめ直す取組みを進めた。こうした議論を経て、2022年3月には、「企業の未来を支えていく。日本を変化につよくする。」という新たなパーパスが掲げられた。
 同社の事例において特徴的なのは、このパーパスを経営陣だけで策定し、社員に伝達したのではないことである。策定の過程では、社員に対して「どのような組織になりたいのか」、「お客さまや社会にどのような価値を提供したいか」が問いかけられ、社員一人ひとりの経験や想い、価値観も交えて議論され、全社員による投票がおこなわれた。つまり、同社のパーパスの策定およびその意味をつくるプロセスに社員も参加していたのである。
 パーパスの策定後には、その実現を支える価値観・行動指針である「CHUKIN Way」を社員から出された言葉や経験を取り入れて策定するとともに、社員一人ひとりが自らのマイパーパスを考える取り組みも進められている。ある社員は、当初、会社のパーパスを自分の仕事とは距離のあるものとして受け止めていた。しかし、これまでの仕事を振り返り、自分が何を大切にしてきたのか、どのような場面で仕事にやりがいを感じてきたのかを見つめなおすなかで、自分自身の価値観と会社のパーパスとの間に重なる部分があることに気づいたという。 
 この点は、マイパーパスの取り組みを考えるうえで示唆的である。会社のパーパスを社員に覚えてもらうのではなく、まず社員自身がこれまでの仕事や経験を振り返り、そこから会社のパーパスとのつながりを見いだしていく。商工中金では、こうしたプロセスを通じて、会社が掲げるパーパスを社員一人ひとりが自分ごととしてとらえ、日々の仕事へと結びつけようとしている。

味の素――多角化した事業を「アミノサイエンス®」でつなぎ直す

 味の素では、事業領域の広がりを背景として、会社全体をどのような言葉で表すのかが課題となっていた。かつては、「食」に関する事業を中核とした企業像によって会社全体の方向性を比較的わかりやすく示すことができた。しかし、アミノ酸に関する技術を基盤として、香粧品、ヘルスケア、電子材料などへと事業が広がるにつれ、「食」だけでは多様な事業を十分に捉えにくくなっていった。新しい事業に携わる社員にとっても、自分たちの仕事が会社全体のなかでどのような意味をもつのかが見えにくくなっていた。そこで、個々の事業を超えて、味の素が社会にどのような価値を生み出す企業なのかを改めて示す必要が生じた。
 こうしたなかで、味の素では2023年に、「アミノサイエンス®で、人・社会・地球のWell-beingに貢献する」というパーパスが策定された。さらに、会社としての方向性を掲げるだけでなく、社員一人ひとりが、まず「自分は何を大切に生きてきたのか」を振り返り、そのうえで「仕事を通じて何を実現したいのか」を考え、自らの「志」を言葉にするマイパーパスの取り組みも進められている。ここでは、会社のパーパスに合う答えを最初から求めるのではなく、まず社員自身の経験や価値観を振り返ることから始める。そのうえで、自らの「志」と会社が目指す方向との接点を考えていく。
 味の素の取り組みでもう一つ注目したいのは、こうした活動を一律の方法で進めていないことである。例えば、海外でマイパーパスに関するワークショップを実施した際には、現地の社員からワークショップの時間を短くしてほしいという要望が出された。これに対して、決められたプログラムをそのまま実施するのではなく、現場の状況に合わせて実施方法が見直された。マイパーパスについて考える機会を設けることが大切であるとしても、それ自体が社員にとって新たな「やらされ仕事」になってしまえば、かえってパーパスとの距離を広げることになりかねない。
 マイパーパスの取り組みは、社員自身がこれまでの経験や仕事を振り返り、自分なりに会社のパーパスとのつながりを考えるためのものである。だからこそ、その進め方についても、社員の仕事内容や置かれている状況を無視して一律に行うのではなく、現場の声を聞きながら柔軟に変えていくことが求められる。味の素の事例は、パーパスの自分ごと化を進めるうえで、社員に考える機会を与えることと同時に、その考え方や進め方を押しつけないことの重要性を示している。

商工中金と味の素の事例からみえるパーパス経営の要点

 商工中金と味の素の事例には、二つの共通点がある。第一は、なぜ新たにパーパスが必要になったのかが明確であるという点である。商工中金では、2017年の不祥事を契機として、組織の存在意義(すなわち、パーパス)そのものを問い直す必要が生じた。一方、味の素では、「食」から香粧品、ヘルスケア、電子材料などへと事業領域が広がるなかで、多様な事業を結びつける新たな軸としてパーパスの策定が必要になった。両社では、それぞれが直面した具体的な課題を背景として、パーパスが策定されている。
 この点は、パーパス経営を考えるうえで非常に示唆的である。日本企業では、経営理念をはじめとする既存の理念体系との違いが十分に整理されないまま、パーパスが導入される場合もあることが指摘されている(佐々木、2023)。しかし、既に経営理念やミッション、ビジョンなどが存在する企業に、新たに「パーパス」という言葉を加えるだけでは、社員からすれば「なぜまた新しい理念が必要なのか」と感じても不思議ではない。パーパスを策定すること自体を目的にするのではなく、「なぜいま、自社にパーパスが必要なのか」が社員にとって腹落ちする形で共有されることが、その後の取り組みの出発点になる。
 第二は、パーパスの自分ごと化にあたって、マイパーパスを活用している点である。両社とも、会社のパーパスを社員にそのまま暗記させたり、受容させたりすることを目指しているわけではない。社員自身が、まず「自分は何を大切に生きてきたのか」を振り返り、そのうえで「仕事を通じて何を実現したいのか」を考え、自分自身の価値観や仕事と会社のパーパスとの接点を探している。
 このように考えると、パーパスの自分ごと化は、会社の言葉を社員に「浸透」させることとは少し異なる。会社が示したパーパスをそのまま受け入れるのではなく、自分自身の経験や仕事に照らして捉え直し、「このパーパスは、自分の仕事とどこでつながっているのか」を考えていく。いわば、会社のパーパスを、社員一人ひとりが自分の仕事に引き寄せながら解釈していくプロセスである。
 もちろん、会社のパーパスと個人のパーパスが完全に一致する必要はない。大切なのは、両者を無理に一致させることではなく、社員自身がそのあいだにどのような接点があるのかを考えることである。そのためには、パーパスを策定して周知するだけでなく、自らの経験を振り返ったり、同僚と対話したりしながら、日々の仕事とのつながりを考える機会をつくる必要がある。
 商工中金と味の素の事例からみえてくるのは、パーパス経営を進めるうえで、「なぜパーパスが必要なのか」を明確にすること、そして、社員自身が会社のパーパスと自らの仕事との接点を考えられるようにすることの二点である。どれほど立派なパーパスを掲げても、それだけでは絵に描いた餅に過ぎず、組織を動かす力にはなりにくい。パーパスが必要とされた背景が社内で共有され、さらに、社員一人ひとりが自らの仕事とのつながりを見いだすことで、はじめてパーパスは日々の実践を方向づけるものになっていくのである。


参考文献
佐々木恭子(2023). 「企業のパーパス論と日本企業による実践」『日本経営倫理学会誌』30, pp. 11-22.

【連載】パーパス経営が組織を動かす
本連載では、近畿大学経営学部経営学科 特任講師で、インソース総合研究所 客員主任研究員も務める米田 晃がパーパス経営の有効性や実践上の意義について、わかりやすく解説します。

・第1回:数値化だけでは組織はうまくまわらない—パーパス経営の実践的意義
・第2回:経営学におけるパーパス研究の動向
・第3回:社員の「自分ごと化」を生み出すマイパーパスの実践事例
・第4回:11月上旬掲載予定